ヒット商品の舞台裏

国民的漬物ブランド「きゅうりのキューちゃん」が歩んだ半世紀~きゅうりのキューちゃん(東海漬物)

2015年03月18日

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東海漬物株式会社 常務取締役/漬物機能研究所所長・吉澤一幸さん(中)
商品開発グループ グループ長・坂本賢一さん(右)、主任・長野雄平さん(左)

1962年(昭和37年)の発売開始から半世紀以上にわたり親しまれているきゅうり漬「きゅうりのキューちゃん」。生産累計21億5000万袋、認知度99.5%(自社調査値)を誇る国民的漬物ブランドは、どのようにして生まれ成長してきたのか。

きゅうりのキューちゃんを製造販売する東海漬物株式会社の常務取締役であり漬物機能研究所所長の吉澤一幸さん、商品開発グループの坂本賢一さん、長野雄平さんを訪ね、キューちゃんがロングセラーであり続ける所以を探った。

革新的な商品開発で生まれた漬物界の新星

昭和初期には漬物生産日本一となり、今なお漬物王国の異名をとる愛知県。1941年に名古屋で創業した東海漬物が本社を置く豊橋地区は、県内でも屈指の漬物産地である。なかでも、当時から沢庵の生産が盛んだったことから、「渥美沢庵」の名は全国に知られるブランドだった。

1962年、そんな地で「きゅうりのキューちゃん」は産声を上げる。今から53年前のことだ。

キューちゃんが世に出た背景には、同社の実質的創業者といわれる先々代社長・大羽至氏の大英断があった。3つの革新的な商品コンセプトで漬物界に超新星を送り込んだのだ。

1つ目は、個包装パッケージを取り入れた衛生的で便利な包装形態だ。

「1960年代の頭というのは、それまでの小売専門店に代わりスーパーマーケットが台頭してきて、一度に大量に販売できる流通システムが整い始めた時代です。それに合わせて、プラスチック系の個包装パッケージが登場するなど食品の包装形態も大きく進化しました。漬物も樽漬けの量り売りが一般的でしたが、キューちゃんでは個包装を採用して衛生面や利便性を向上させ、売り方と買い方を変えたわけです」(吉澤さん)

続く2つ目は、「きゅうり」と「醤油漬け」という組み合わせ。

「当時は漬物といえば沢庵やぬか漬が主流で、きゅうりを醤油漬にするという発想は斬新だったようです。当時の開発者は、きゅうりのパリポリとした食感とごはんに合う醤油のおいしさで、これまでにない新しい漬物を生み出しました」(坂本さん)

そして3つ目は、半世紀を経た今なお親しまれ続けている「キューちゃん」というネーミングだ。

「当時は、漬物に限らず商品名というのは中身そのものがわかるストレートでシンプルなものが当たり前だった時代。そんな中、「キューちゃん」という愛嬌たっぷりに擬人化したネーミングを打ち出し、パッケージにもキャラクターのイラストを入れています。『きゅうりの醤油漬け』という新しいタイプの漬物だったにも関わらず、『醤油漬け』という言葉がパッケージにないんですよ(笑)」(吉澤さん)

現在のキューちゃん

それまでの漬物のイメージを覆したキューちゃんの売れ行きは、発売当初から好調に推移した。初年度の生産数は700万袋、次年度には一気に2000万袋へと増加。その後も順調に伸び続け、12期目の1972年~73年は最高の7300万袋を記録し累計6億2400万袋に達している。キューちゃんは、押しも押されもせぬ同社の基幹商品へとなっていった。

しかし、キューちゃんが漬物の常識を破る新商品だったとはいえ、それだけでは半世紀も親しまれ続けるとは思えない。一時的なブームで消えることなくロングセラーであり続けられる理由は、いったいどこにあるのか…。

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