食の研究所

神事にしきたり、ワカメと絡み合う日本人の食生活~日本の縁深き海藻、その歴史と現在(前篇)

漆原 次郎(フリーランス記者)  2019年03月14日

天然から養殖への大転換に1人のキーパーソン

ワカメ漁の形態は、現代に入ってから劇的な変化を遂げた。それは、天然ものの採取から人工養殖への移行という変化だ。

1950年代に入るまでは、ワカメといえばもっぱら天然もの。船や桶に乗る海女たちが潜って採っていた。その後、1953(昭和28)年頃には、天然ワカメの生育を促す「増殖」の方法として、ワカメたちに着床してもらうための投石や、害をもたらす藻を駆除するための岩礁爆破などが水産庁から助言されていた。だが、効果はあまり芳しくない。

ちょうどその頃、戦後の抑留から解かれ帰国した大槻洋四郎というキーパーソンが現れる。1901(明治34)年、宮城県鹿島台村(現・大崎市)で生まれた大槻は、東京帝国大学(現・東京大学)でワカメとコンブの乾燥保存法を研究した後、1929(昭和4)年より中国の関東州庁水産試験場に勤めた。

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現在行われているワカメ養殖の模式図。浮き玉と重しを
使って縄を海中に漂わせ、そこにワカメを付着・成長させる。

そして1932(昭和7)年には、その後のワカメ養殖発展の礎となる「乾燥刺激法」を編み出した。成熟したワカメを陸で乾燥させ、生殖を担う胞子が出てきやすい状態にしてから、海水の入った水槽に戻してやるのだ。これで胞子(遊走子)が大量に放たれ、種糸に着床させられる。そして、この種糸を編みこんだロープを筏から海に沈め、ワカメを効率的に養殖したのである。

帰国後、大槻はこれらの養殖技術をさらに改良すべく宮城県内で研究し、1955(昭和30)年に日本でのワカメ養殖法を確立させた。いったんは取得した特許も、漁民が養殖で豊かになってほしいという思いから、放棄したという。

大槻の偉業を端緒に、1960年代には、ワカメの養殖が本格的に普及した。1960年代半ばには、天然ワカメと養殖ワカメの生産量は早くも肩を並べる。

現在では、国産ワカメの95%以上を養殖ものが占めている。養殖という技術革新は、新産地を増やし、柔らかいワカメを実現させ、生産量を増やすなど、さまざまな状況変化をもたらした。長きにわたる日本人とワカメの関わり方を大きく進展させた出来事といってよいだろう。

ワカメをめぐる技術革新は今も続く

21世紀に入り、ワカメ漁に従事する人たちの高齢化、中国産ワカメの輸入増、さらには東日本大震災による漁場の損傷など、ワカメをめぐってさまざまな課題が現れている。

そうした中、より効率性よく養殖を行うための研究開発が進んでいる。そのキーワードは「重イオンビーム」や「浮遊回転」といったもの。後篇では、ワカメの価値をさらに高めることにつながる、現代の技術革新に迫ることにしたい。

(後篇へつづく)

執筆者プロフィール

漆原 次郎(フリーランス記者) 

1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。
著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。

<記事提供:食の研究所
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