食の研究所

なぜ日本人だけがゴボウを育て文化に発展させたのか~世界で唯一の発展を遂げた根菜の物語(前篇)

漆原 次郎(フリーランス記者)  2019年05月24日

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ゴボウ。栽培がなされ、またさまざまな料理に使われる点で日本特有とされる。

日本人は「根菜」、つまり根や地下茎を食用とする野菜をたくさん食べてきた。本コラムでも取り上げたダイコンの他、ニンジン、カブ、レンコンなどなど。土の中で蓄えられる栄養を大切にいただいてきたのだ。

さまざまな根菜の中でも「ゴボウ」ほど、日本の特有性が高い食材はないだろう。伝来種とされながら、日本でのみゴボウ栽培が発展していった。また、ゴボウがさまざまな食材として使われているのも日本だけという。

東日本ではきんぴらゴボウ、西日本ではたたきゴボウが、ハレの日にも日常的にも食べられる。汁物や炒め物の具材、また天ぷらのタネとしても使われる。今も日本人はゴボウ好きといえよう。

今回は、ゴボウをテーマに、日本における歴史と現在を前後篇で追っていきたい。前篇では、日本での独自の歩みを農と食の観点からたどっていく。ゴボウが栽培されたり、さまざまな料理に使われたりといった発展を遂げたのは日本だけ。その理由にも迫りたい。後篇では、ゴボウに注がれている現代の研究について伝えたい。福岡県で取り組んでいる「サラサラごんぼ」という新品種の開発について紹介する予定だ。

平安時代の古文書に「悪實」「支太支須」という言葉が

ゴボウというと、色や風味からいかにも日本の食材っぽい。だが、原産地は西アジアから地中海沿岸にかけて。日本への渡来については、平安時代、薬用として使われていた中国からという説がある。その一方で、より古く、縄文時代の鳥浜遺跡(福井県)、三内丸山遺跡(青森県)、忍路土場(おしょろどば)遺跡(北海道)などからゴボウの種子が出土している。複数方面からの経路があったのかもしれない。

日本の文献に初めてゴボウの記述があったのは、平安時代の昌泰年間(898-901)に成立した漢和字書『新撰字鏡』において。「木」の部に「悪實 支太支須乃弥」とある。「悪實(悪実。あくみ)」は、ゴボウの種子のこと。また「支太支須(きたきす)」はゴボウの古名だ。

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古文書におけるゴボウの記述。
(右)『新撰字鏡』「木部五十八(本草木名)」より。
(左)『本草和名』第九巻「草中」より。
(所蔵:ともに国立国会図書館、赤矢印は筆者による)

今も使われる「牛蒡」の字については、延喜年間(901-923)に成立した本草書『本草和名』の第九巻「草中」に「悪實 一名牛蒡(略)和名岐多伊須」とある。なお、「牛蒡」は、ゴボウのひげ根が牛の尾に似ており、それに草の名前の「蒡」がついてできたといわれる。かつては「うまふぶき」とも呼ばれていた。また、「牛房」と書かれることも多い。

執筆者プロフィール

漆原 次郎(フリーランス記者) 

1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。
著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。

<記事提供:食の研究所
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