ヒット商品の舞台裏

特産品ブランド化のお手本。「太陽のタマゴ」が全国区になったワケ~太陽のタマゴ(JA宮崎経済連)

2015年06月11日

そんな戦略の名残ともいえるのが、「太陽のタマゴ」のセリの解禁日に行われてきた知事への贈呈式だ。

「解禁日に県下の生産者代表から知事に、『今日から太陽のタマゴが始まりました。今年もよろしくお願いします』と贈呈するんです。地元メディアでも取り上げられ、県民の皆さんにとっては『今年も始まったな』という風物詩になっています」

今では、解禁後の試食会などで「今年は実に出来がいい」などと評論家のように評価する人も多いという。「太陽のタマゴ」は、県民にとって我が子のような存在になっているようにも見える。

県民のギフト利用を中心に地元から拡大

また、2007年、東国原英夫氏の県知事就任によって、「太陽のタマゴ」がテレビなどで紹介される機会が増えたときのこと。

「注文が殺到して生産が追いつかなくなり、値段も一気に高騰しました。嬉しい悲鳴どころか、関係者はパニック状態に陥りかけていましたね(笑)。しかもそのとき、産地やJAによって品質に差があることが判明したのです。すぐに生産方法や品質管理についてもう一度洗いなおし、生産者や県の関係者と共有して、周知徹底に取り組みました。また、『欲しいけど高すぎて買えない』『どこを探しても売っていない』というお叱りも受けましたから、流通や販売の方法についても改めて徹底的に検討しました」

東国原氏によるPR効果は戦略外の産物だが、それに足下をすくわれる形でブランド崩壊に陥らなかったことは注目すべき点だ。この足腰の強さもまた、オール宮崎の体制で地盤をしっかりと固めてきたからこそだといえるだろう。

生産量のピークを見極めて打つ、新たな一手

ブランド導入当初の1998年は年間100トン程度だった生産量も、今では約10倍の1000トンにまで増加している。今後もさらに増えていくのかと思いきや、押川さんによるとその見込みはないという。

「2014年の生産量は過去最高の1100トンだったのですが、今年はそれを下回る見込みです。温暖化等による異常気象や重油の高騰など、マンゴーもその影響を受けていることもあります。また、かれこれ30年ほどの歴史を重ねる中で、木も老化してきています。それらを一つずつ解決してさらに伸ばしていくとなれば相当なコストがかかってくるので、今後しばらくは現状の1000トン前後で推移していくだろうと」

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